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識名園の画像とコザの街のこと

《7月29日(金)-2》
キジムナーフェスタの特設会場(1)で、“チョンダラーの歌”の最後のリハーサルをしている頃、鈴木雄介は那覇にある世界遺産の識名園を訪れていたらしい。

実は一昨日の27日、鈴木夫妻と識名園の入り口まで行ったのだが、残念ながら定休日だった。どうも小生、識名園に縁がないらしい。いつ行っても何故か定休日の水曜日なのである。M.A.P.after5では2009年の2月4日の水曜日に門の画像だけアップした。

今回、鈴木雄介氏から識名園の中の画像が届いたので、ご紹介しよう。
識名園1 識名園2 識名園3 識名園4 識名園5

もう識名園の定休日が水曜だということは忘れない。いずれ訪れて、M.A.P.after5的記事を書こうと思う。ただ、それまでM.A.P.の息が続いていればのハナシだが。

そして鈴木雄介氏から届いたもう2枚の画像。
コザの街にある照屋林助三線店“てるりん”。
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そこで鈴木雄介が聞いたコザの町こと。家賃を払っている店はみんな閉めてしまった、家賃を払ってなお利益の上がる街ではなくなってしまったというハナシ。

確かに、中央パークアベニューの周辺は、シャッターを閉めた店だらけである。よくも悪くも、たくさんのアメリカ兵が闊歩していた頃とは比べものにならない。

※数日後、ある方からは、この街の衰退の原因は、米軍基地の縮小ではなく、大和と御同様、大型郊外店出店の影響だと伺った。それが本土資本なのかどうかはわからないが。

でも、この町を一見してゴーストタウンと呼ぶとしたら、きっとその人は、コザの何かを見落としている。確かにシャッター街であることに間違いはないのだが、「内地」の地方都市のそれとは何かが違う。
ここコザのシャッター街の中にも、かつてのコザの匂いを保っているような店が点在していて、そこは宇宙ステーションのように活気があるのである。
「家賃を払っている店はみんな閉めた」というが、ほんとうにそうなのだろうかと僕は思う。ところどころにある元気な店が、全て家賃を払っていないとは、どうも思えない。

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どうやらコザは、まだ死んではいない、しっかりと息づいている、と、僕は感じている。
だが、その確証を語るには、僕はまだまだコザの街を知らない。

【おまけ】
ちょうど2年前のパークアベニューを見つけました。途中、痩せた猫が二匹。それからチャーリー多幸寿、そして最後は去年のメイン会場だったコリンザまで。


※因みに、コリンザは40億円近い負債を抱え清算、はたして今後どうなることやら。今回コリンザ3階のあしびなー劇場以外をキジムナーフェスタで使えなかったのは、たくさんの債権者全てから合意を得ることが困難だったということらしい。芝居なんかに貸すなんてもってのほかだという人もいるのだとか。その結果、得られるはずの収益も得られず、コリンザはコザの街にムダに凛(リン)と立っている。そのかわり、コザの街に数多くある空き店舗の中から、劇場として使えそうなところを、オーナーに賃料を払って特設会場として使用することとなった。コザの街復活のためなら賃料不要、街の人たちがそんなふうに協力してくれれば何かが変わるとも思うが、コリンザの状況を見ればあり得ないことか。
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tag: キジムナーフェスタ  コザ  パークアベニュー  コリンザ  識名園 

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