2019年10月31日(木)23時59分
首里城炎上
gajumui
若かりし頃、首里城は「ニライカナイ」ではなく「オボツガクラ」だろううと生意気なことを言って、当時の沖縄県人会の会長さんを怒らせてしまったことがある。その僕が、ひどく動揺しているのだ。そんな自分に驚いた朝。
狸小路の隣でフレンチの店をやっていひとしから、首里城が燃えたから忠兵衛に来ていますというメッセージがラインに来た。たぶん何人かの狛江あたりの人にしか分からない話だが、なんだか俺も登戸に飛んでいきたくなったのだ。でもさ、やることがいっぱいでさ…
⇒沖縄出張最終日に思ったこと(2009年2月6日)
ブログを始めてから一度も首里城には行っていなかった。去年の今頃、首里城の姿がブログに載っていないというのも如何なものかと、十何年ぶりに訪れた。その日が、たまたま漆塗り替えの足場が外されたその日だったという幸運。その時の美しき「朱」は、もう今はない。 https://t.co/pCNtBUYIp5
— 高山正樹 (@gajumui) October 31, 2019
漆を塗り替えた直後の写真を大量にFacebookに投稿した。長文を添えて。
⇒https://www.facebook.com/groups…
しかしグループに投稿したので、FBにアカウントを持っていないと読めない。画像は別記事にアップするが、長文の方をここに転載する。
沖縄のシンボル?きっとそんな単純なことではない。
「首里の言葉なんか喋ろうとは思わん」
そう言いながら、オモロの歌を諳んじていて涙する金城実さんに、何故ですかと問うてみたことがある。実さんはそれにこう答えたのだ。
「それが文化というものじゃ」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ひどいニュースだった。
それに動揺している自分に、我ながら驚いた。
今から30年も前のこと。首里の丘には、首里城建設に反対するたくさんのビラが貼られていた。
その何年後か、首里城は復元された。
東京の沖縄居酒屋で、沖縄県人会の会長さんと隣になったことがある。その年配の男性は、「首里城はニライカナイの心だ」と気分よく呑んでいらっしゃった。まだ若く青かった僕は、その大先輩に「首里城はオボツカグラではないですか?」と、生意気なことを言ってしまったのある。「ニライカナイ」は海の彼方にある庶民的な後世(ぐそー)のこと、一方「オボツカグラ」とは、天上にある権威的な他界のこと。それまでご機嫌麗しかった会長さんの顔はいっぺんに曇った。
「お前はなんにもわかっとらん」
義理の父が死んで、30年近くなる。義父は「知は力」と書かれた共産党委員長宮本顕治の色紙を居間に掛けているようなウチナーンチュだったが、鬱蒼とした森に囲まれていた戦前の首里城について、まるで桃源郷のように美しかったと、島酒に酔うたびにそう語っていた。
さて、去年の今頃のことである。
2007年頃から書き始めたブログは、いつのまにか沖縄のことがメインになっていた。首里城のタグを付けた記事もいくつかあるが、しかし実際に行った話はひとつもない。そうか、最後に首里城へ行ったのはもう十年以上前のこと。首里城なんて、沖縄初心者コース、一度行けばいいくらいにしか思っていなかったのである。
久しぶりに、行ってみることにした。
しかし仕事の都合で、行けたのは夕方から夜。そうなると、どうしても明るい陽の光を浴びた首里城の写真を撮りたくて、翌月だったか、再訪した。
その日、ガイドさんの首里城解説を聞きながら城をめぐってみることにした。いつもはそんなこと、絶対にしないのに。ガイドさんは、今日来た皆さんはラッキーですという。首里城が再建されて初めての、外壁の漆の塗り替え作業が行われていて、前日まではそのための足場が組まれていた。その足場が外された最初の日に訪れた幸運。真っ青に晴れた日の、輝く「朱」の色は、確かに、圧倒的に荘厳であった。
その日に撮影した赤い漆の画像をご覧いただきたい。だが、どうやらその漆が、火の回りを早くしたらしいというのだが。
還暦過ぎた僕には、もう二度と見ることのできない首里城なのかもしれない。
悲しいよ。あまりにも。
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