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もう咲かないと思っていたハイビスカス、ところがまた咲きそうです。
今開催中の写真展、入口に張り紙と電工掲示板。
三線の稽古に来たきんたの会の方々、あれ、T先生、確か共産党を応援されているんじゃなかったっけ、でも、写真展には何の興味も示されません。まるで何も目に入らないかのよう。
今日に始まったことではないけれど、ずっと考え続けている僕なのです。アップデートしない革新系の人たちのこと。
11月15日の続き、沖縄行の初日。
まず向かったのは、米軍廃棄物のパネル展を狛江と同時開催中の平敷兼七ギャラリーへ。浦添、ボクのカミサンの実家とはバス停で三つくらい、近くなの。
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【平敷兼七(へしき けんしち,1948-2009年)プロフィール】
アメリカの統治下の沖縄、今帰仁に生まれ、61歳で亡くなるまで(若すぎる)、生涯沖縄を撮り続けた写真家。高校時代に写真を始めた平敷は、学生運動全盛の頃、多くの同世代の写真家たちが政治運動に目を向ける中、平敷は沖縄の離島に足を運びます。そして本土復帰目前、沖縄の人々の生活こそ写真に残すべきであるという生涯のテーマを見つけ出す。確かな信頼関係を築きながら撮影された人々は、無防備とも言える自然な表情を見せる。「人生の結論は身近にあり、身近の人物達、身近の物達、それらを感じることができるかが問題なのだ」は、亡くなる2日前の日記にある言葉である。
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ギャラリーでは、中村之菊がデモクラシータイムスで喋っている動画が流されていました。「池田香代子の世界を変える100人の働き人」の91人目だという。
https://www.youtube.com/watch?v=1-7ADUSpTjI...
池田香代子さんがウチの資料館にいらしたのは11月1日、米軍廃棄物パネル展の初日、中村之菊のギャラリートークの日👇
https://www.facebook.com/masaki.takayama.9/posts/24327668950213108
その時に、池田香代子さんが出演のオファーしていたっけ。そして、その中で資料館も紹介してくださると。1分20秒くらいから7分くらいまでがその部分、せめてそこだけでもご覧くださいませ。いや、やっぱり全部見てね。
なにしろ18万人がフォローしているyouTubeチャンネルである。この動画が公開された後、これを見て、資料館まで足をはこんでくださった方が何人もいらっしゃる。大感謝。
石川真生写真集「日の丸を視る目」見っけ。その中に若き中村之菊の家族が写っている。「農」に拘る彼女。
この写真集、是非欲しいのだけれど、金欠資料館にとって、5,280円はなかなか苦しいの。
復帰前の南灯寮の写真がいっぱいファイリングされていた。こいつはスゲー。この写真、まだ世に出ていないらしい。
この件については後日談があるのですが、それは追々。
ギャラリーに、狛江の小さな沖縄資料館のチラシを置いてくださいました。
平敷兼七さんの娘さん、このギャラリーを運営する平敷七海さんと舞香さんと記念撮影。あら、ボクにだけにピントが合っている。失敗作。というわけで、帰り際、駐車場でのふたりを隠し撮り。LINEの交換でもしてるのかな。
12時、ギャラリーを後にして、デニーさんが埋め立てを容認した浦添西海岸に向かいます。
米軍那覇港湾施設(那覇軍港)の浦添移設。
海に親しんできた地元住民らからは「宝の海を埋め立てないで」と反対の声が上がっている一方、沖縄の経済界は歓迎している。
遠浅の海岸で撮った画像の三枚目、遠くに海を歩いている人の姿、見えますか?
海アッチャー、海を歩く人、海と共に生きる人のこと。
最後に、その写真を撮っているところを舞香さんが撮った画像ものっけとこうかな。
辺野古の大浦湾同様、この海にも貴重な自然が残っている。浅瀬なので、辺野古よりはるかに埋め立てが簡単。なんだかなあ、モヤモヤするけれど、決めるのはウチナンチュ自身です。しかし、そうなっていないのが辺野古だということ。
浦添西海岸についても、もしかしたら後日談があるかもしれません。
そして僕らは読谷に向かったのでした。
あれ、この日、お昼ご飯って、どうしたんだっけ。というワケで、只今、舞香さんに覚えていないかどうか問い合わせ中。その返事が来たら、続きを書こうと思います。
こんな調子だと来年になっちゃうよ~。
なにしろ、今日は忙しいのです。桜美林大学から、学生さんと教員さん、合わせて15人がやって来る。
TwitterがXになって、なんか腹が立って、最近投稿が疎かになっていましたが、今日からまた、なるべくリアルタイムで呟くことにします。どうかそっちも併せてお読みくださいませ。
https://twitter.com/gajumui
最近ね、また癌で心配な話があちこちから聞こえてくる。一年間抗がん剤のお陰でなんとか進行を止めて来たが、一年経って、どうやら抗がん剤の効果が消え、腫瘍マーカーが上がってきた。もう抗がん剤はやらず、終末医療に移行することになったという方の話は、他人ごとではありません。
ボクが余命一年の宣告を受けたのが去年の12月5日、ストリッパーの牧瀬茜さんが資料館に来てくれた日、あれから一年経った記念のパーティーを、なんだか明日やることになったみたい。
というわけで、明日5時から、中村之菊と同じように右翼から破門された高校の後輩のブルボンちゃんが、焼き鳥を大量に焼いてくれることになりました。
会費制? 詳細は宇夫方さんに聞いてくださいませ。
これから、三日月マンハッタンの又吉君の番組、"こまえんちゅ”の収録に乱入しに、コマラジまで行ってきます。放送は明日の19:30から、今開催中の写真展の宣伝をしちゃうんだから。
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