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5月15日に一番近い日曜日

5月15日は犬飼毅が武装した海軍の青年将校たちに暗殺された日。1932年(昭和7年)のこと。
軍服を着て街を歩くと、市民から非難されるというような、大正デモクラシーがまだ辛うじて残っていた頃の話。これからあと、日本は急速に戦争へと突き進んでゆく。

日本は、第2次世界大戦に敗れ、沖縄は日本国から分離される。

そして。
5.15事件から数えてちょうど40年、1972年(昭和47年)の5月15日午前0時をもって、沖縄の施政権がアメリカから日本に返還される。
「本土並み」の復帰を目指したが、実際に残った米軍施設の面積は沖縄県全域の12%であった。

今日は、その5月15日に一番近い日曜日。
喜多見にある沖縄県男子学生寮(南灯寮)の寮生たちは、沖縄復帰を記念して、エイサーを踊って喜多見の町を練り歩く。

あの大城君もいるのだ。
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去年の暮の大城源二君を見る。

豪徳寺にある女子寮(沖英寮)からも助っ人が来ている。
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チョンダラー(※)だってちゃんといる。
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※チョンダラーは「京太郎」と書く。その昔、京都からやってきた芸能者が沖縄にひろめた念仏踊りがエイサーの起源なんだとか。チョンダラーはエイサーを盛り上げる道化でありながら、実は隊列を制御する重要な役目を担っている。まさに聖と俗、トリックスター。しかし今日のチョンダラー君は、隊列を乱す張本人だった?

沖縄復帰は彼らが生まれるずっと前のこと。
「君たちはいったい何を祈って踊っているの」

この日、喜多見の町には、エイサーの太鼓の音が延々と響きわたっていたのです。
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tag: エイサー  南灯寮生  沖縄の基地  南灯寮 

Comment

No:386|
とっても懐かしいですね。
私が南灯寮にいた15〜16年前の復帰の日前後には、プロ野球の日本ハム主催の試合が行なわれる日を「沖縄デー」と銘打って東京ドームでエイサーを踊ってました。その後、某太鼓団体にその特権を奪われちゃいましたが…。
エイサーを踊る寮生全員が「エイサーとは何ぞや?」という意識を持って踊ってたわけじゃありませんが、故郷沖縄を離れた東京という地で踊るというコトをそれなりに意義深く踊っていたコトと思います。
No:387|
沖英寮にはカワイイ子が多いから、南灯寮の連中は合コンくらいのつもりなのかもしれません。(失礼)
南灯寮の若者たちを、何とかM.A.P.のプロジェクトにどっぷり引き込んじゃおうと思っていたのですが、なかなか難しい。というか、それでいいのだと思います。せっかく東京で生活しているのだから、しっかりと東京にかぶれてみればいいのです。そして、再び故郷に思いを馳せる時が来た時、きっと今の経験が役に立つでしょう。
奴等を捕まえるのは、その時だな。

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